学校ブログ

本当は水曜日に開催する予定だったのですが、雨のため、金曜日に延期しました。おっかしいなあ、私、一応晴れ男のつもりだったのになあ。運動会も、親善陸上大会も、そして今回のマラソン記録会も。みんな降られちゃってますからね。すみません。結構な雨だったので、グラウンドは例のごとく水浸し。こりゃあ、マラソンじゃなくて水泳大会だなあなんて思ってたら、予備日はしっかり晴れてくれました。

1年生から6年生まで、みんな持てる力を精一杯発揮しての力走です。みんながんばったね。

結構大会新記録もでたんですよ。みんなすごいなあ。上位に入賞した子も、上位には食い込めなかったんだけど、一生懸命走った子も、どちらも素晴らしいよ。お見事。がんばりました。

 

👇前日は晴れ間が見えても、グラウンドはこれでしたものね。美しい水辺です。ははははは。

👇これ以降は大会の写真です!たっっっっっっぷりとご覧ください。はーちかりたびー。

この日の午後、築地中学校で小中合同いじめ見逃しゼロスクール集会が開催されました。小学校からは5・6年生が、中学校は全校生徒が参加してくれました。

集会は2部構成。

第1部は、TSUNEIさんの講話とミニライブ。講話はご自身の半生を振り返っての大変感動的なものでした!私、涙が出そうになっちゃった。

TSUNEIさんからは、子どもたちにこんなメッセージをいただきました。

①本気でやれば、応援してくれる人は必ずいる!

②つらい・悔しい経験を無駄にしたらもったいない!

③逃げることは新しい可能性に会いに行くことかも!?

第2部は小中学生が班ごとに分かれて、予め撮影していた動画(出演は築地の小中学生!)を見て、対話です。実際にありそうな場面が提示され、こんなときどうする?どうしたらよかった?という実践的な問いで語り合いました。

中学生のお陰でいい会になりました。中学生の皆さん、ありがとうございました!5・6年生もがんばりましたね。

出たー!今日も今日とてウサギさん。

1年生から全校児童に向けた企画「ウサギを抱っこする会」。素晴らしい取り組みですね。

そりゃあ、私も行くでしょう!家でもうちのネコちゃんに「ネコちゃんもうさちゃん抱っこしたいよね?」ってしつこく訊くほどですもん。まあ、猫もすごく可愛いですけどね。

昼休みは1年生が企画運営したこのイベントは大盛況!

ウサギを抱っこすると、なぜ人はかくも穏やかな顔になるのでしょうか?

まあ、普段からみんな穏やかな顔してるけどね。

ちなみに最後のウサギの家の写真。ダンボールをこのように形作ったのは子どものアイディアなのだそうです。わぉ、天才的―!

胎内ディアーズからは、授業はもとよりクラブ活動などでもお世話になっています。キャリア教育の一環として教室で小川選手からお話を伺って考えを深めたこともあるんですよ。

その胎内ディアーズの公式戦が近々あるのです!しかーし!当日の午前中は何と当校のアートフェスティバルがあるんです。試合は午後からですけど。

それでも、がんばれという気持ちを伝えたいということから当日掲げられる横断幕に全校の子どもたちがメッセージの寄せ書きをしました。

6年生が書いているときには、新潟日報や新潟テレビ21(UX)が取材にもお出でになりました。

ディアーズに子どもたちの思いが届き、がんばってくれることでしょう!

うさちゃんが学校に来てから、毎日ホームページに登場してるウサギさん。だってその可愛さったら悶絶ものなんですもの♡

この日の午前中に保護者の方が、ウサギを見せてくださーいと来校されるほどです。

さて、給食時に、校内放送で1年生から連絡がありました。

「明日の昼休みに『うさぎをだっこする会』をします。抱っこしたい人は1年教室に来てください」

なんとー!やったー!

私、絶対行くもんね。

うさぎと1年生を基点にして、人がつながっていきますね。

前日に国語『やまなし』についてp4cで考えを深めた子どもたち。その時は、途中でタイムアップになっちゃったので、この日その続きをしました。

問いは「『やまなし』は何を表しているのか?」と設定したところ、戦時中においては「平和」であるとした子どもたちが多数でした。しかし、そういう状況でも、「いやあよく分かんないんだけど、原爆じゃないとしても何か別のものじゃないか?」と疑義を提出したお子さんがいました。大多数の子が考えていることは、「よく分かんないんだけど、ちょっと違うと思う」と言える、このお子さんの勇気と学級のセーフティの高さ!素晴らしいですね。

この日の対話の様子をダイジェストでお知らせします。

まず私が子どもたちを揺さぶります。「ねえ、『平和』だって考える人が多いけど、「やまなし」が登場する最初は、『そのとき、ドブン。黒い大きなものが天井から落ちて・・・』と書かれているよね。「平和」って、人がびっくりするように突然現れるものなの?黒いし。ホントに『平和』なの?」

私の揺さぶりに敢然と立ち向かう子が数人。

「いや、最初は黒くて、驚かせるような登場の仕方をするけど、だんだんとこれは『平和』だって分かってくる」

「うん。『お父さんのかには、遠眼鏡のような両方の目をあらんかぎりのばして、よくよく見てから』、これはやまなしだって言ったんでしょう。平和だって、最初からもう平和になったなんて、すぐには分からないんじゃないんじゃない?」

「もう二日ばかり待つとやまなしは下に沈んできておいしいお酒になるって書いてある」

「最初は平和だって分からないかもしれないけれど、そのうち分かってくるものなのかも?」

私「そう言われてみれば、そうだね。平和の象徴であるやまなしを喜んでいる様子が分かる描写がある。それはどこ?」

さらに「お酒って、人々の喜びの象徴なのかもしれないね」と私が締めくくっておしまい。

 

『やまなし』という難解な物語を彼らなりに読んだ時間となりました。よくがんばりました。

 

対話の写真は撮れなかったので、以前の社会科の授業風景をどうぞ。

主体的に飼育し続けるという環境設定によって、子どもたちが動物に対する思いを自ら変えていく姿を、私今まで目の当たりにしてきました。

最初は、「飼育している動物遊ぶ」のが、次に「動物が遊べるようにする(動物遊ばせる)」になり、「最後は動物が心の中に住む」ようになります。動物が心の中に住むというのは、例えば美しいものを見た時に、これを動物にも見せたいなあというほど、動物を愛するということです。

以前ホームページでも紹介しましたが、ヤギを飼っていた子がアサガオが咲いたので見せようとヤギをアサガオのところまで連れて行ったエピソードがありました。ヤギはアサガオをむしゃむしゃ食べちゃったとさというオチもついていましたが。ははははは。

1年生、昨夜は「ウサギさん、今頃どう過ごしているかな?元気にしてるかな?」と思いをはせていたことでしょうね。

さて、この日、子どもたちはウサギの世話を一生懸命していましたよ。

おや、ヤギ用のトンネル?迷路?をダンボールで作っている子たちもいますね。これはまさに「動物を遊ばせる」姿と言っていいでしょう。早くも大きな学びをしている1年生です。

田植えをした田んぼで今度は稲刈り。この間、ィネを育てていてくださった方々に感謝しつつの手刈りです。

子どもたちは慣れない手つきで、慎重かつ丁寧に刈っていきます。

徐々に慣れてきて、「校長先生、ほら見て!」と華麗な鎌さばきを見せてくれる子もいるほどです。

秋晴れの下、楽しく稲刈りを終えた5年生でした。

それでもやっぱりかなり疲れたみたいね。

最後は、採ったどーの写真をどうぞ。

宮沢賢治の超有名作「やまなし」。美しい物語ですが、昔から全国の小学生と教員を悩ませてきた難解なお話です。

担任が不在だったので、私が代わりに指導のお手伝い。

子どもたちに訊くと、この「やまなし」の学習はテストこそしていないものの、ひと通り学習は終わっているとのこと。

じゃあ、ちょっと自由にやらせてもらいましょう!わーい!6年生のみんな、勝負だ!

手塚治虫は、この作品を「戦時中の日本」のメタファー(隠喩)と読んで漫画化しています。この前の時間に、「魚」や「かわせみ」、そして「かにのきょうだい」はいったい何を表しているのか、子どもたちと私とで対話しました。

そして、この日の対話の問いは、「やまなしはいったい何を表しているのか?」です。

文学作品と手塚治虫の漫画を読み比べながらの、ショートタイムp4c(対話)となりました。

漫画版やまなしでは「やまなし」は「敵の戦闘機」であり、「やまなしが発するいいにおい」は「投降を勧めるアメリカからのビラ」として描かれています。

さあ、子どもたちは以下に読むか。対話記録をご覧ください。

私「前の時間に『やまなし』が表すものは、人々が欲しいと思っているものだと読んだ子がいたね。素晴らしい読み取りだし、そういう読み取りもあると思います。この対話では改めて『やまなし』が表すものは何か、みんなの話を聞きたいのです」

「私は『やまなし』は平和を表していると思います」

「どうして?」

「漫画では戦争反対の人が殺されたりしたでしょう。本当は反対したいし、反対だって言いたいんだけど言えなかった。でも、みんなは平和を望んでいたし、人々が欲しいと思っているものだと思うからです」

「うん。漫画の最後でかにのお父さんが、アメリカからのビラの「へいわ」という文字について、『平和・・・。いいにおいのすることばだな』って言ってるでしょう。やまなしのいいにおいは平和のにおいのするビラだし、やまなしそのものは平和を表していると思う」

「そうだね。人々は平和な世の中を欲しがっていたんだと思う」

「みんな『平和』だっていう意見みたいだけど、そうじゃないって思う人はいる?」

驚かれるかもしれませんが、これ、子どもの発言なんですよ。学級全体を視野に入れた発言。まさに「子どもがつくる学び」を体現しています。一人一人が対話のファシリテーターなんですよね。

「ぼくは、迷ってるんだ。やまなしはドボンと落ちてきたんでしょう。この時代に人々を怖がらせるような大きなものは原爆があると思うけど、どうも原爆じゃない気がするし・・・」

とここでタイムアップ。

迷いも素直に発言できるセーフティの高さが素晴らしい。

だからこそ、文学作品を多義的に読むことができるんですよね。

タイムアップになっちゃったのが実に残念。私の余計な話が長すぎちゃったのかしら。また機会があれば続きをやりたいね。

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