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6年生の「命の授業」第2弾!

松原ステーブルスから松原正文様、大石動物園から角田様、青木様にお出でいただき、ともに対話(p4c)をしていただきました。

対話に先駆けて松原様から松原ステーブルス立ち上げに至る思いをお話しいただきました。競馬の競走馬は、引退した後、決して少なくない数の馬が殺処分されているという現実に直面され、「松原ステーブルス」の立ち上げに思い至ったとのことです。さらに角田様、青木様からもお話を伺うことができました。

お話を伺った後は、ゲストの3人様にも一緒になっていただき、対話(p4c)です!出たー!

問いは「動物と人の命の違いとは?」です。

「人の命は動物に比べると長い。動物は短い。命の長さを踏まえたら、どう生きたらいいのかなと思って」

「動物は生きている時間が短いから、楽しい時間を多くしてもらいたい」

「命の長さに違いはあるけど、命が大切だってことは変わらない」

「馬は人と違って病気になりやすいって聞いたことがある。だから大切にしないと」

「私も人と動物とでは、命の重さは変わらないと思う」

「ぼくも同じだと思う。人と動物は昔から一緒にいるわけでしょう。だからどちらも大切」

「命の価値に違いはないと思う。人も動物も生まれてきた時点では誰かがその誕生を喜んでいる。人も動物も生まれたときから誰かを喜ばせているよ」

「たとえ言葉が通じなくたって、どこかで必ず人を喜ばせているし、幸せにしている」

ここら辺は、先日の18トリソミーの対話(p4c)を色濃く反映していますね。

「動物はどこかで必ず人と関わっている。だから大切にしないとね」

「そう。生きる大切さは変わらない」

「動物も助け合っている。人も助け合ってるし、動物と人も助け合っている」

「さっき松原さんがおっしゃったけど、みんなは生かされている。人は動物の命をいただいている」

角田さん「動物を束縛しないで、大切にしてほしいという気持ち。みんなには友だちも大切にしてほしい」

教師「さっき松原さんはアニマルセラピーの話をされたよね。どうして人は生きものと関わると癒されるんだろう?」

「動物には通じ合える力があるんじゃないかなあ。人と人も、きっと」

「動物はうそをつくことがない。人を裏切らないと思う。だから信じられるんだと思う」

「しゃべられる、しゃべられないに違いはあるけど、それぞれ違う意味で分かり合えると思う」

「動物と一緒にいるとなんだか温かい気持ちになるよ」

「話せはしないけど、心で通じ合えるっていうか」

「生き物への愛があるからなんじゃないかな」

松原さん「人は欲深いというか。でも動物は人にないものを持っている。一緒にいるとそれを見せてくれるからなんだと思う。素直さだとかね」

「人と人とか、人と動物だとかは、遊んでいるうちに大切な存在に思えてくると思う」

教師「人とか動物とか、相手を大切に思う気持ち、愛する気持ちって、長い間一緒にいると芽生えるものなの?初めて会った時から大切って思えることはないの?」

松原さん「初めて会った人に対しても、相手を助ける、命を助けるっていう気持ちがあれば、優しさは出てくるものだと思うよ」

角田さん「私が大石動物園で働く思いの始まりは、幼いころに近くにいた馬のココなんだ。ずっと立たされたままで、汚れていて。かわいそうだなって思った。それが始まり」

この発言がきっかけとなって、愛情が芽生えるのは「かわいそう」という思いからなのか、対話が焦点化されていきます。

「ぼくは家で猫を飼っているんだけど一緒に過ごしているうちに好きになったよ」

「ぼくも猫を飼っているんだけど、最初に飼うって聞いた時にすごく嬉しかったんだ。とってもかわいかったからね。そして飼っているうちにもっともっと好きになっていった」

「私はかわいそう、この動物の命を救いたいという思いから始まって、そのうちに最後まで責任をもって飼おうって気持ちが生まれると思う」

「人は存在するだけで価値があるって、この前のp4cで思った。それは誰にだって言えることだし、動物にだって言えることなんだと思った」

「愛するってさ、かわいそうとかかわいいとか、いろいろな気持ちから生まれるんだね」

子どもたちに対話の感想を求めました。

「命が一つしかないのは、ひとも動物も同じ。だから大切にしたい」

「そうだ。だから身近な動物を大切にしたい」

「うん。動物だけじゃなくて、人の命も大切にしたいよね」

「そうだね。生きているもの、全ての命を大切にしなくちゃね」

かなり深いところにまで突っ込んだ対話になりました。もう、びっくりだよー!

子どもたちはよーく考えたと思います。

命の大切さから愛情の始まりにまで及んだこのp4c。

とにかく問いと子どもたちの発言趣旨が目まぐるしく変わっていきました。

「動物と人の命の違いとは?」から途中紆余曲折を経ながら「人はどうして他者を大切に思うのか」へ。

もうちょっと言うと、「愛は親密さから生まれるのか、それとも他者の苦しみに気づくことからも生まれるのか」というとんでもない哲学的対話に発展してるのですよね。

いや~、すごい。一緒に対話してて、汗びっしょりになるくらいでした。恐るべし、6年生!

松原様、角田様、青木様と子どもたちとの化学反応が引き起こした効果なのでしょうね。

お見事!いや~、参りました。

*ちなみに「命の授業」第1弾は9月2日【6年総合】生きることです。

「ノート作り」といっても、印刷・製本・検品などの製作工程のことではありません。

子どもがノートに学習内容を書いていくことを、私たちは業界用語(?)で「ノート作り」と呼んでいます。

この日、1年生は時計の読み方の勉強をしていました。

担任から小さなプリントが配られ、子どもたちはそこに答えを書き込んでいます。

その後どうするのかなと見ていると、おお!糊で丁寧にノートに貼っていました。

担任は「ここに貼るようにしましょう」と貼る場所も細かく指示しています。

後で見返したときに、授業の流れや自分の考えの変化、解き方などが分かりやすく記録されているノートになっています。

こういうのをしっかりやることが学力を向上させるためには重要なことの一つです。

1年生のうちからしっかりとノート作りしてますね。

中学校を会場に築地小中学校いじめ見逃しゼロスクール集会が行われました。

企画運営も中学生がやってくれたんですよ。中学生の皆さん、どうもありがとう!

前半は人気デュオ「ひなた」のお二人のコンサート。

後半は小中学校がごちゃ混ぜになってのグループ討議です。

中学生のリードのお陰で、素晴らしい集会になりました。

感動の対話(p4c)。

国語ですから、教科書の叙述を引用しながらの対話(p4c)になります。

子どもたちが出し合って、選んだ問いは「兵十の『後悔』とごんの『後悔』は同じか?」です。

この問いを見ただけで、この時間までにどれほどこの物語を読み込んだのか分かるってもんです。

では、対話を見ていきましょう。いつもと同様にダイジェストです。

「この2つの後悔は似てるけど、ちょっと違う。兵十は間違ってごんを殺してしまったけど、ごんは自分のせいで死んじゃった」

「ごんの後悔はウナギを盗んだために兵十の母に食べさせられなかった後悔で、兵十の後悔はごんを撃ち殺してしまった後悔。ごんは自分のせいで死んだんじゃない。だって、兵十が母のために獲ったウナギだったなんて知らなかったんだから」

担任「結局、兵十とごんは分かり合えなかったの?」

「分かり合えなかった。ごんは兵十に栗をあげているのに、兵十はそれを分からなかった」

「そうだね。でも兵十は、最後にやっと分かった。『ごん、お前だったのか』でごんが頷いたから」

「そうだね。最後には互いに分かり合えた」

「分かり合えていなかったけど、最後には漸く分かり合えた」

教師「最後に分かり合えたから、兵十は後悔をした。ごんの気持ちが分かったから。それなのに撃っちゃった。だから後悔」

「そう。分かるのが撃った後だったんだよね」

「撃っちゃったから、兵十は本当に一人ぼっちになっちゃった」

「最後には分かり合えたけど・・・」

「兵十は少し後悔してると思う」

「そうだね。でも、後悔は少しだけじゃないよ」

教師「物語の最後の一文『青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました』って何を表しているんだと思う?」

「青いけむりはごんの魂。兵十はごんに謝りたかったと思う」

「煙はごんと兵十の気持ちを表しているんだよ、きっと。細く出ているのは悲しいって気持ちなんだと思う」

「互いの気持ちが分かったってことなんだ」

「煙はごんの気持ちだと思うよ。青いのは悲しさを表しているし、細いのはごんの命がやがて無くなってしまうってことを表している」

「ああ。青は悲しいって気持ちなのか」

「煙はやがて二人の関係が消えてしまうってことを表している」

「別れの意味なんだ」

「人と人なら言葉で伝えられる。でも狐は言葉で伝えられないよね」

「狐は言葉で伝えられない。だから行動で表すことになる。ごんが頷いたっていうのがその行動なんだ」

教師「人と人だって言葉が通じない場合もあるよね」

「そういう時は行動で伝える。気持ちを込めた行動」

「声が聞こえない人とは手話で伝え合う。筆談もある」

「そばにいれば伝わるんじゃないかな」

「うん。遠くにいたとしても、がんばれば分かり合える」

教師「分かり合うって結構難しい場合もあるよね。そういう時は諦めちゃう?」

挙手で意思表示をしてもらったところ、子どもたちは全員が諦めないで伝えられるようにすると考えたことが分かりました。

「諦めないで希望をもってがんばる」

「何とか通じるよう努力する。いつかはって!」

この対話は、数日前(9/29)にホームページに掲載した言葉へのレスポンスとなりますでしょうか。

相手に言葉が通じても通じなくても、「私はあなたをもっと理解しようとしています」という姿勢が、相手をケアすことになるでしょう。

相手の言葉を聴くことは、その人生をも含めて相手を理解すること。

聴くという行為は自分自身の人生の物語を通して相手を見るわけですから、自分自身を知ることにもなるのです。

これはp4cにも通じることだと思います。

とにかく今日は4年生に脱帽です。みんな、よく対話しました。いいもの見せてもらいましたよ。ありがとう!

この前日、2年担任は不在でした。

そこで子どもたちは、担任がいない時の自分たちはどうだったか、自己評価の対話(p4c)です。

ではいってみましょう!

問いは「先生がいない時、クラスはどうだったか?」です。

「図書室で読書してる時にうるさかった」

「うん。遊んでる人もいたよ」

「体育をしてるときに、ルール違反をしていた人もいた」

おっと。このままいっちゃうと告発大会になっちゃうなあ。

う~ん。でもこういうのもまた良し。

ところが・・・。

「私はいいことも言いたい。朝、教室に入るとき、みんな挨拶してたよ」

「そう。いつもより、挨拶できてた感じがする」

「体育で三角コーンをつかった練習をしてた時はよかったよ」

「おしゃべりをしてる人がいたら注意する人もいたし」

「みんなで仲良くしてたよね」

対話の嫌な流れを断ち切る発言から教室がハッピーな雰囲気に。

でもよくなかった点を言う意見もまた続きます。

「でも、間違えた人を笑ってる人もいたよ」

「おしゃべりも多かった」

ここで担任が初介入!

「なんで担任の先生がいない時ザワザワおしゃべりしちゃいたくなるんだろう?」

「ほかの先生方はみんな優しいからだよ」

「担任の先生も優しいよ」ははははは。素晴らしいフォローだね。

「一人がしゃべり出すとみんなが調子に乗っちゃう」

「そうだね。でもそれはよくないことだと思う」

「そういう時に、友だちの注意を聞かない人もいる」

担任が再び介入。

「注意してくれる人もいるんだよね。これからどうしたらいいんだと思う?」

「みんなで気を付ける」

「注意されたら止める」

「注意される前に止める」

「関係ないことをしゃべる人がいても、自分はしゃべらない」

教師「ねえ、そもそもさ、どうしてしゃべっちゃダメなの?」

「だってうるさくなっちゃう」

「大きな声を出されるのが嫌な人がいる」

「勉強に集中しなくちゃいけないのに、集中できなかくなっちゃうとかね」

「それと、先生の声が聞こえなくなっちゃうし」

「そうなったら、隣のクラスの迷惑にもなっちゃうよ」

「勉強しに関係ないことしゃべってもいいのは休み時間とかだけだよ」

「私、1年生の時、授業中に廊下でしゃべってたら、注意されたこと覚えてる」

「本を読んでるときは、うるさいと読めなくなっちゃうよ」

「計算ドリルとか漢字スキルとか一生懸命やらなきゃならないのんい、できなくなっちゃう」

続出した、友だちの意見を補完するような発言は、セーフティの構築にも一役かってるのでしょうね。

「そもそも誰もしゃべらなきゃいいと思うよ」

「関係ないことをしゃべるのはダメだけど、友だちに教えるためにしゃべるのはいいよね」

「そう。静かに勉強しなくちゃいけない時にしゃべってたら、『にじいろクラス』になれないよ」

おー!初志貫徹!これを目指すのが2年生の学級目標なのです。

とにかく発言意欲が豊富な子どもたち。

そして対話の最後には、年度当初にみんなで目指そうと決めた学級目標にに集約されていきました。

自律的な学級を目指すランドマークになるような対話になりました。

次はがんばろうって思える前向きな対話。

2年生のみんな、いい対話だったよ。

 

4年生は国語『ごんぎつね』で勉強中。

この日は、涙なくしては読めないラストシーン。

それは、すべての謎が氷解し、ごんと兵十のすれ違いが解消するクライマックスでもあります。

でも、「遅かりし由良助」なんですよねえ(涙)

さて、子どもたちは兵十の言動から、学級全体で登場人物の心情に迫ります。

子どもたち、集中していますねえ。

***

「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは。」
ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。
兵十は、火縄銃をばたりと、とり落しました。青い煙が、まだ筒口から細く出ていました。

***

結局、人と人(動物も)は分かり合えないのでしょうか?

いいえ!そんなことはないと私は激しく否定したいと思います!願いを込めて。

次の時間は、物語の情景描写から、子どもたちはさらに登場人物の心情に迫ります。

3年生が糸電話の勉強をしています。

「もしもーし」など、小声でささやきながら声が聞こえるか確かめているのですね。

糸がだらんとさせたままで話している子は、相手の声が聞こえているのかな?「聞こえないよ」ってな顔してますね。

おっ。今度は糸をピンと張って話してみると・・・「ああ!聞こえたー!」って顔になりました。

おやおや。別のグループは通話中の子以外の子が、糸の途中を抑えたりつまんだりしていますね。

聞こえたかな?どうかな?

様々な実験をしながら、楽しんで学ぶ3年理科の授業です。

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