2年生は、ドラえもんの作者 藤子・F・不二雄さんの自伝的教材『ぼくは「のび太」だった』をもとに、あきらめずにがんばり続ける意義について対話(p4c)で深めます。
子どもたちにとっては、『ぼくは「のび太」だった」というタイトルから「???」ですね。しかし、担任は「ドラえもんってどんな話?」という問い掛けなどから、タイトルの意味に気付き、スムーズに対話に移行していきました。担任の先生、課題意識の高め方が絶妙ですね。お見事。
さて、対話は「藤子・F・不二雄さんはどんな気持ちで漫画を描き続けたのでしょう」という問いからスタート。
対話を見ていきましょう。


「漫画を描くのが好きだったから、大変だとしてもあきらめたくないという気持ち」
「藤子・F・不二雄さんは、のび太を自分のように描いていたんだと思う」
「多分、自分の子ども時代の振り返りとして、のび太に自分を重ねて描いていたんじゃないかな。たくさん振り返りをしたいって気持ちだから描き続けたんだと思う」
「藤子・F・不二雄さんは、漫画を描くのが夢だったよね」
「好きなことをやめたくないって思ってたんだと思う」
「うん。ドラえもんを描くのが夢だった」
「それでね、読んでいる人を笑顔にしたいって思ってたんだよ」
教師「ドラえもんには読んでいる人へのメッセージが込められているってこと?」
「そう。で、みんなを楽しませたいって」


教師「ねえ。でも、漫画を描き続けるのは、すごく大変な仕事だったんでしょう。みんなを楽しませたいって言ったって、自分にとっては何の徳にもならないじゃない?」
「やっぱり人のためになることをしたかったんだと思うよ」
「うん。人のために。人が笑顔になるのは、自分にとってもいいんじゃないかな」
「そう。人に喜んでもらえたら、自分も嬉しいんだ」
「漫画家っていう夢を叶えたかったし、それでみんなにも喜んでもらえるから余計いい」
教師「今、がんばってることがある人いるよね。それってがんばる前から続ければきっといいことあるって思ってたの?それともがんばり続けているうちに、がんばり続ければいいことあるって思えるようになったの?」
子どもたちに挙手してもらったところ、全員ががんばっているうちに「続ければいいことあるかも」って思い始めたと考えていることが分かりました。


教師「実際に、そういう経験した人はいる?」
「はい。あきらめないでやり続けたら、スポーツで一番になれたよ」
「夏祭りのときに、あきらめないでくじを引いたら当たったよ」
「自学とかで漢字練習や計算練習をがんばってたら、得意になったよ」
「算数の長さの勉強で、最初はよく分からなかったんだけど、様々な方法で勉強したら分かるようになったよ」
「夏休みや冬休みの宿題がたくさんで、あきらめそうになったけど、あきらめないでやったら意外とすぐ終わったよ」
「手伝ってって言われて、大変だなあって思ったけど、やったら『ありがとう』って言われて、100円もらえちゃった」
子どもたち「えー!いいなー」
「長い間、一生懸命練習してたら大会で優勝できたよ」
徐々に長期間がんばり続けたら成果が出たという体験が語られていきました。
「最初はピアノをうまく弾けなかったんだけど、ずっと練習してたらできるようになった」
「鉄棒でうまく回れなかったんだけど、何年もやっていたらできるようになった」
「そうそう。ぼくも逆上がりずっと練習してたらできるようになったよ」
「私は算数で時計の読み方が分からなかったんだけど3・4日勉強したら分かるようになったよ」
「私は九九の8の段」
「バスケの練習がんばってたら、『よく1週間もがんばったね』って褒められた」
「1年生のときは音楽が苦手だったんだけど、よくがんばってたら、1年くらいで慣れたね」
「試合の日、ずっと負け続けていたんだけど、最後の試合で勝てたんだ。嬉しかったなあ」


教師「途中で嫌になってもがんばり続けたらいいの?」
「うん。努力してたら、いいこと起きると思うよ、必ず」
教師「私はね、がんばったことでいい結果になればいいけど、それよりもがんばり続けたということが大事だと思うよ」
2年生の段階で、努力することで報われたことを経験した子は多くないのかもしれません。しかし、彼らは今後そのような場面に遭遇することは決して少なくないと思います。努力する大切さ。これから生きていく上で、子どもたちには実感する体験をしてもらいたいと思います。ちなみに王貞治さんが色紙に「努力」とお書きになっていたことを思い出しました。がんばれ、2年生のみんな!
