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「p4c」の記事一覧

1年生は道徳で対話(p4c)。
学校では多くの人々が教育に携わってくださるからこそ豊か学びができるということに気付くことをねらいます。
問いは「学校にはどんな人がいるか?」です。
相変わらず発言意欲が旺盛な1年生。
今回も楽しい対話(p4c)になりそうです。
では見ていきましょう。

担任「学校にはどんな人がいますか?」
「教頭先生です」「校長先生です」「ランチルームで給食の仕事している人です」「○○先生です」「保健室の○○先生です」「担任の先生!」「特別支援教育支援員の〇〇先生」「〇○先生」・・・など出るわ出るわのオンパレードです。
子どもたちはどんどん挙手します!
「まだいるよ」「学校にはいっぱい先生がいるんだよ」という声が聞こえます。
挙手する子が多いものですから、発言した後、どの子にコミュニティ・ボールを回そうか迷っちゃいますね。
そんな時、子どもたちの中から「まだ話していない人にボールを渡そう」って声が。素晴らしいね。
「お友だちです」おおおー!そうか、これは盲点!私もなんとなく大人限定と思い込んでいました。

担任「学校には多くの先生がいるんだね。みんなはしてもらって嬉しかったことはある?」
「〇〇先生に手伝ってもらいました」
「〇〇さんが一緒に遊んでくれて嬉しかったです」
「〇〇先生に」「〇年生が」・・・とまたまた発言のオンパレード!
「みんなとだるまさんが転んだとかおにごっこをできて嬉しかったです」
「担任の先生と一緒に授業をできて嬉しいです」
支援員さんも1年生に促されて発言。「私は、みんなが元気よく挨拶してくれるのが嬉しいです」
「指が痛いときに、保健室で絆創膏を貼ってもらえて嬉しかったです」
この発言をきっかけに、「困っていた時にやってもらって嬉しかったこと」に対話の焦点は移っていきました。
「頭痛いときに・・・」「お腹が痛いときに・・・」とここでもオンパレード。具合の悪い時に治療してもらったことや気遣ったくれたことのありがたさが語られていきました。
担任「みんなが入学したばかりのときは配り物や黒板消しなどは、私がみんなやっていたんだけど、最近はみんながやってくれるので嬉しいです。楽になりました」
1年生はみんながそれぞれ何回も発言していきました。とても楽しそうに。
他の子が発言したことで重複することもお構いなしにバンバン発言していきます。
彼らの姿を見ていると、自分が自分の言葉で話すことを彼らは欲しているのだなあと感じます。
そして、自分が発言して、それをほかの子たちがしっかりと聴いてくれていることが本当に嬉しそうです。
受け入れてもらっていることを感じるのでしょうね。
まさに互いをケアし合っている姿がここにはありました。

「6年生が『大丈夫?』って声をかけてくれて、心が温かくなりました」
「6年生がほうきの使い方を教えてくれて嬉しかったです」
私も発言。「学校の階段にほこりがたまっていることが続いた時、地域の方が『私たちが校舎の掃除をしましょうか?』って声をかけてくれたんだよ。それが『祖父母サポーター』の始まりなんだよ」
「お兄ちゃん、お姉ちゃんに褒められて嬉しかったよ」
「どうして褒められたの?」
「ぼくが人のことを手伝っていたからだよ」

私が再び介入。「みんなは様々な人から支えてもらっているんだね。ねえ、学校で君たちが成長することに関わってくれている人は何人くらいいると思う?」
「う~ん。20人くらい?」
「50人くらいじゃないかな?」
私「実はね、100人以上いるんだよ」
1年生「えーーーーー!!!」
私「そうなんだよ。この前の運動会ではものすごく多くの家の方がお出でくださったでしょう。みんな君たちが成長するために支えてくださっているんだよ。ほかにも給食を作ってくださる人とか、校舎の修理をしてくださる人とか、100人よりもずっと多いんだよ」

担任「助けてもらって嬉しかったことをみんなたくさん発表したね。これからもお世話になると思うよ。そういう人たちに、どうやって『ありがとう』の気持ちを伝えますか?」
「今度会ったときに『ありがとう』って言います」
「掃除してくれてるときにも『ありがとう』って言います」
常に様々な人に感謝の気持ちをもって接していけるといいね。
それにしても1年生。素晴らしい対話を連発してますね。

運動会を作り上げた6年生。その彼らが運動会を通して、自分自身を見つめます。

子どもたちが作った問いは次のものです。

「運動会。私たちはなぜあんなにがんばれたのか?」かー、しびれますねー!

とにかく子どもたちの発言が多すぎて、とても記録することはできませんでした。

板書をもとにした、「大体こんな感じ」っていう対話記録になりますが、お許しください。

子どもたちはうんうんうなりながら自己を見つめ、仲間を見つめた対話です。

「私たちにとっては最後の運動会だったでしょう。だから最高の思い出にしたいと思ったんだよね」

「運動会って年に1回しかない。だからがんばれた」

「一人一人の『勝とう』って気持ちが大きかったんだと思う」

「やっぱり最後の運動会だからじゃないの?」

「みんながすごくがんばってたでしょう?だから自分もがんばろうって気持ちになったんじゃないかと思う」

「最後だからいい思い出にしたいって気持ち」

「友だちからも、家の方からも、たくさんの応援があったから、がんばれた!」

「みんなが運動会を盛り上げたいって思ってたんじゃないかな?」

「そう。それにみんながたくさん練習していたのを知ってたからだよ」

「こういうのもチームプレーなんだろうね」

「やっぱり『勝ちたい』って気持ちが大きかったんだと思うよ」

「最後の運動会。今の仲間との最後の運動会だから」

「がんばっている姿を見せたいって思ったよ。家の人にも仲間にも」

「最初は『楽しみたい』って思ってたんだけど、そのうちに『勝ちたい』って気持ちが膨らんでいったような気がする」

「そうかも。それに、最後だし、悔いのないようにしたいって」

私も介入。「勝ちたかったって振り返る人が多いけど、どうして勝ちたかったの?」

「前に競技の部と応援の部の両方で勝って、2冠を達成したときがあったよね。私はその時のことが忘れられない」

「さっき『勝っても負けても精一杯やればいいって思ってた』っていう意見があったけど、なんか『最後は勝って終わりたい』って気になったんだよね」

「うん。以前応援賞をもらって嬉しかったことがあって、それがいつの間にか『2冠を獲りたい』になっていたんだ」

「ああ。私は応援団にはなれなかったんだよね。でも、応援団以外の場所で活躍したいって、考え方を切り替えたんだよね」

「活躍する場所は様々あると思うけど、1年生から5年生までの運動会とかで得た知恵を使って、勝つ姿を見せたいと思った」

「ぼくたちは一人一人目標は違うと思うんだよね。でも目指す先は同じだったって言うか・・・」

「今年はいつもよりも『勝ちたい』って気持ちが強かったと思う。負けるより、勝つ方が思い出になる」

「私は応援団になったから、負けたくなかったって思ったんだと思う」

「私は応援団だったし、『勝ちたい』って気持ちは強かった。でも本当に大切にするべきことは『楽しむこと』なんじゃないかな。一人一人が主役なんだし、みんなそれぞれが楽しめたらいいって思ってた」

「私は練習中は『楽しみたい』って思ってたんだけど、運動会当日は『負けたくない』って気持ちに変わったんだよね」

「ああ。練習も本気でがんばってたんだから、本番は『負けたくない』になった」

「『勝ちたい』も大事だけど、楽しまないとって思う」

「『最後だから勝ちたい』なのかもしれないけど、『最後だから楽しみたい』ってのもあるかも」

私が再び介入。「『勝ちたい』とか『勝つため』って何人もの人が話しているね。でもさ、勝っても別にお金がもらえるわけじゃないし、優勝旗だって家に持って帰れるわけでもない。何でそんなに勝ちたかったの?『勝つ』って君たちにとって、どんな意味があるの?」

私は子どもたちに問い掛けながら、これは難しいでしょうと思ってたのですが、ちょっとの間をおいて、バババッと挙手が!

「勝つことは思い出になることなんだよ」

「私たちにとっては最後の運動会だったから、勝たないと気が済まないって感じ」

「勝つってことは、達成感を得たり、自分の成長を実感できたりするんじゃないかな?」

おおおおおー!この発言にまだまだ別の子も続きますよー!

「『勝つこと』で、自分で自分の努力を認められるんじゃないかな?」

「結果としても残るしね」

「『勝つ』って、『闘いに勝つ』ということもあるけど、『気持ちに勝つ』ってこともあるんだと思う」

子どもたちは、目に見えないもの、数値に表れないものについて語り出しました。

対話もいよいよ佳境です。

ここで担任が満を持して介入。「みんながこの運動会で得たものって何なんだろう?」

この問いかけが対話を大団円へと導きます。

「この運動会を通して、私たちの絆が深まったと思う」

「協力することの大切さを感じることができた」

「努力したことって成果として表れた」

「誰かと一緒に、同じ目標に向かってがんばる意味」

「責任かな」

「親からの温かい視線も感じたよ」

競技の部で優勝した白組は優勝旗を、応援賞を獲得した赤組は応援賞カップを、それぞれ獲得したわけだけど、子どもたちはそれらよりも、もっともっと大事なものを手に入れたみたいですね。

そして、それを自覚することができたのね。

素晴らしいp4c!お見事!ブラボ-👏

 

土曜日に行われた感動の運動会。いまだ興奮が冷めやらぬといったところですが、やっぱり運動会はまだ終わらないのです!

この日、4年生が運動会の振り返りを対話で行っていました。

私は途中からの参観になりましたので、以下は消されずに残されていた板書から推測しての対話です。

問いは「運動会でがんばったことは?」です。

「綱引きかな。みんな本気だったからね」

「ぼくは徒競走。がんばったから、練習よりもいい順位を獲れた」

「私も徒競走。家でも一生懸命練習したんだよ」

「応援をがんばったよ」

「ふわふわ言葉がいっぱい出てたし」

「練習もたくさんした」

「そう。で成果も出た」

「係の仕事はやってみたら意外と楽しかったなあ」

「よっちょれとかもね」

それぞれががんばったことを紹介し合った後で、担任が介入します。

「ねえ、がんばるっていいことなの?」

おおー!子どもたちが当然のように良いこととして信じて疑わない「がんばること」のよさに切り込む問い掛けです。

これぞ、クリティカル・シンキング!

「私はいっぱい練習できた。だからよかったと思う」

「がんばるといいことがあると思う」

「逆にがんばらないと、かっこ悪い運動会になっちゃう」

「やっぱりみんなでいい思い出をつくるためにがんばりたいよね」

「そう。そうすれば、見ている人にも私たちのがんばりは伝わると思う」

「がんばればがんばるほど、褒めてもらえるし」

「みんなが笑顔になるよね」

がんばることに対する意味付けを、子どもたち自身が行っていきます。

ここで担任が再び問い掛けます。それも爆弾発言だー!

「がんばればいいことあるって私もそうだと思う。でもさ、がんばってもできないことはあるよね」

がんばることの意味付けをさらに強烈に行うための問い掛けです。

恐るべし、担任の先生!

さあ、子どもたちはどう返す?

「成し遂げたいと思っている目標は達成できなくても、でもがんばれば少しは近づくんじゃない?」

「がんばれば苦手なことも、少しは苦手じゃなくなると思うよ」

「続けているとだんだんと楽しくなっていくと思う」

「そもそも、がんばらなくちゃ、目標達成なんて絶対できないよ」

「うん。やる価値はあると思う」

「何にもしないより、がんばっている方がかっこいいよね」

「思い出って話が出たけど、たとえうまくいかなかったとしてもがんばったこと自体が、いい思い出になる」

「みんなで協力することが大事だと思う」

「それにがんばれば、私たちは成長すると思う」

対話(p4c)の後、対話してみて考えたことを文章で書き表します。

一人の感想のみ紹介します。それも抜粋ですが。

「がんばることについて。がんばったらいい思い出になるし、楽しくなるからです。たとえがんばってもうまくいかなかったとしても、いい思い出になる。ふわふわ言葉もいっぱい言ってもらえる。誰からも褒められなくても、僕はがんばります。訳は、自分でがんばったと思えれば、いい気分になれるからです」

運動会の当日はもちろんのこと、練習や準備も含めて、「がんばること」の価値を改めて考えた我らが4年生!

運動会のみならず、生活全般に広げ、がんばることの価値を普遍化していました。運動会のみならず、対話も素晴らしかだったよ、君たち。

さあ、3年生!学級開きのこの時期に、3年生は1学期の個人のめあてを決めていました。

と、その前に。学級全体でp4c。問いは「友だちにしてほしくないことは?」です。

様々な発言がありました。

「いじめ」・・・「仲間外し」「陰口」「物隠し」「人の秘密をばらす」

「人のものを壊す」「勝手に持っていく」「なめた手で人のものを触る」「相手の真似」「暴力」「ズボン下ろし」「体についての悪口」「ちくちく言葉」「無視」「脅し」「落書き」・・・。

3年生、さすが発言意欲旺盛です!

続いて教師は問いました。「じゃあ、友だちにしてほしいことは?」

こちらもまた、バンバン発言がありました。

「落としたものを拾ってくれる」「探してあげようかって声をかけてくれる」「いじめられているときに助けてくれる」「具合の悪い時に保健室に連れて行ってくれる」「優しくしてくれる。全校に」「優しい言葉を掛けてくれる」「ありがとうって言ってくれる」「遊びに誘ってくれる」・・・。

さらに教師は問い掛けます。

「結局、どんな気持ちになるようなことはしてほしくないの?どんな気持ちになることをしてほしいの?」

これはたくさんの具体的な発言を抽象化した発言に変換することを求める問い掛けですね。

子どもたちからは「嫌な気持ちになることはやられたくないし、いい気持になるようなことをしてもらいたい」などの発言が出されました。

この具体と抽象の往還が、子どもたちに深い思考を促すのです。

その後、子どもたちが書いた自分のめあてにはこんな言葉がありました。

「人に優しい言葉を掛けたい」「相手をいい気持ちにしたい」・・・。

今年度も素敵な学級づくりがスタートしました。

今年度、当校の生徒指導で最も力を入れたのが「挨拶」です。
年度始め等、一年間の節目節目で対話(p4c)で挨拶について考えを深めてきた2年生。
年度末を迎え、一年間の振り返りをやっぱり対話(p4c)で行います。
問いははっきりとは決めず、各学期のめあての達成具合を振り返りながら、対話は進んでいきました。
例のごとく、意訳で抜粋ですがご覧ください。

教師「1学期と2学期の挨拶のめあてのキーワードは、私は『元気、勇気を相手に贈るように挨拶しよう』だったよね。一体どんな挨拶をすればよかったの?」
「元気に、笑顔で、相手の顔を見て挨拶すれば、元気や勇気は贈ることができる」
「うん。元気よく笑顔で挨拶だよね」
「笑顔で、大きな声で、相手の顔を見て挨拶する」
などなど、2年生は年度当初に考えた理想とする挨拶を語っていきました。

そして、ここから徐々に深まっていきましたよ。
「元気よく挨拶すれば、相手も元気に挨拶を返してくれると思う」
「うん。自分から元気に挨拶すれば、自分も元気になるし、相手もきっと元気になるよ」
「そうだね。大きな声で笑顔で挨拶すれば、相手はたとえ機嫌が悪くても嬉しくなると思うよ。だから元気になる」
「笑顔で挨拶すれば、相手は喜ぶと思う」


「勇気をもって元気に挨拶する」
「相手の目を見てね」
「そういう挨拶をしていれば、元気ない相手でも、元気になるんじゃないかな」
「元気を届けるって、そういうこと」
「たとえ挨拶するのが恥ずかしくても、勇気を出して挨拶すれば、相手にも勇気が伝わって挨拶を返してくれると思う」
「相手の機嫌が悪くても、機嫌がよくなる」
「うんうん。知らない人にでも、勇気をもってニコニコして挨拶し続ければ、そのうち学校の人たち全員が喜ぶと思うよ」
教師「相手に元気や勇気を届けるような挨拶ってそういうことなの?」
「はい。元気よく挨拶すれば、同じような気持ちで挨拶返してくれるってこと」
「相手も嬉しくなるだろうしね」
「こちらの元気が伝わって、それが勇気に変わるんだと思う」
「似てるんだけど、自分が挨拶すれば、相手も挨拶したくなるよ」
「そうだね。人が勇気を出しているのを見ると、自分も勇気を出したくなるってことなんじゃないかな」
「私たちはみんなに挨拶しようってめあてにしたけど、知らない人にも挨拶するって勇気がいると思う。でもそこで勇気を出せば、その勇気が相手に伝わると思うよ」

この日のp4cは時間が足りなくて、尻切れトンボみたいになっちゃったけど、来年度に繋がる対話(p4c)になったのではないでしょうか。

2年生をはじめとして、今年度、挨拶を様々な方向から対話(p4c)してきた築地小学校の子どもたち。ほかの学年も挨拶について多角的に考えた一年間でした。
子どもたちよ、挨拶ができるってことは一生の宝物にしていい位の価値があるものです。これからも、勇気をもって多くの人たちに挨拶していこうね。

6年理科「人と環境」のまとめは対話(p4c)です。
子どもたちが出し合って、その中から選んだ問いは次のものでした。
「地球温暖化について、みんな本当に取り組んでいるのかな?」
では、対話を見ていきましょう。

まずはこの問いを出したお子さんから。
「SDG'Sが大事だってみんな言ってるし、僕らも授業で習ったけど、地球環境が改善したって話はあまり聞かないでしょう。みんな本当にSDG'Sに取り組んでいるのかなって思って」
「地球温暖化については、取り組んでいないのかも。SDG'Sに批判的なこと言ってる大統領がいるって聞いたよ」
「地球温暖化説はでっちあげだって言ってるみたい」
「あまりお金がない人は、地球温暖化対策ができないんじゃない?だって電気自動車は二酸化炭素を出さないけど、電気自動車は高価だから買えないかも」
「じゃあ、お金持ちの人たちに頼んで、地球温暖化のために寄付してもらったら?」
「電気自動車が買えなくても方法はある。例えば、近いところに行くんだったらガソリン車じゃなくて、電車を使うとか」
「ぼくたちにできることを考えたい。例えば、友だちの家に遊びに行くときには、遠かったら車で行くかもしれないけど、そうでなければ自転車で行くとか」

「都会に行くにつれて、人はたくさんになっていくでしょう。そうすると二酸化炭素の排出量は増えていくよね。都会で二酸化炭素の排出量を減らすにはどうしたらいいんだろう?」
「都会でもやっぱり植樹したらいい。木を増やすの。二酸化炭素を吸って酸素を出してもらう」
「そもそも都会なら電車を使う人は多いんじゃない?」
「都会は狭いところに人が密集してるから、自転車も使いやすい」
「遠いところなら、徒歩と電車を組み合わせればいい」
「二酸化炭素の排出量をゼロにするのって無理じゃないかな。でも木を植えて少しでも二酸化炭素を少なくするしかない」

教師「『化石燃料じゃなくて電気で動くものを使えばいい』って思う人が多いみたいだけど、電気は発電所でつくられる。でも火力発電なら化石燃料を使わざるを得ないんじゃない?」
「そうだよなあ。じゃあ、理科でやったみたいに手回し発電器を使ったら?」
この意見に対し、「そうだ、手回し発電器がいい」って考える子が結構いました。
「でも手回し発電器だけじゃ、電気は足りないよ、多分」
「じゃあ、太陽光発電とか風力発電は?」
「そうだね。そういう再生可能エネルギーをコンデンサとかにたくさん貯めて使ったらいいと思う」

「自転車を使うって意見が出たけど、新潟の場合、冬は雪が降って自転車に乗れないよ」
「雪とかで発電とかできないかな」

教師「最初の問いに戻るんだけど、どうしてSDG'Sに取り組んでいても、地球環境破壊は止まらないんだろう」
「やっぱりお金がかかるんじゃないかな」
「そうだとしても、一人一人の意識が大事」
「そう。心掛けることが大事だよね」
「お金かからないSDG'Sもあるよ。人権とかたくさん」
「それに屋根に太陽光発電装置をつけるときには補助金が出るって聞いたよ。そういうのをうまく使って行けばいい」

SDG'Sの一つに挙げられていることを踏まえて、もの凄い意見が飛び出しました。
「ねえ、みんな。アメリカがイラン攻撃したでしょう。あれば、すごい環境破壊だよね」
そして、こういう問いが新たに出されちゃうんだなあ。
「戦争を抑えるにはどうしたらいいんだろう?」
おおおおおー!素晴らしい!
「戦争を抑えるのは大統領とかがやるしかない。ぼくらにはできない」
「それでも、ぼくたちにできることはないかな?」
「戦争を止める権限はないかもしれないけど、声を上げることはできると思う」
「なんかランドセルを贈ると世のためになるとか、そういう運動があったと思う」
教師「県原爆被害者の会の西澤さんが前に言っていたよね。西澤さんから聞いた話を家の人に伝えてほしいって」
「そうだ。親に話すのならぼくたちにもできる」
「うん。そうやって最初は小さな声でもやがて大きな声になると思う」
「そうだね。まずは家族から広まる」
「選挙で平和を大切にする政治家を選んでもらうようにしなくちゃね」

子どもたちは結構世界情勢に関心を持っているんだなあというのが対話を見ていた私の素直な感想です。

そして、様々なことに課題意識を持ちながら見ていることも分かりました。

6年生のみんな、世界の、そして地球の未来は君たちの手にかかっている!私もまだまだ負けてられませんね。がんばるぞー!

2年生は、ドラえもんの作者 藤子・F・不二雄さんの自伝的教材『ぼくは「のび太」だった』をもとに、あきらめずにがんばり続ける意義について対話(p4c)で深めます。

子どもたちにとっては、『ぼくは「のび太」だった」というタイトルから「???」ですね。しかし、担任は「ドラえもんってどんな話?」という問い掛けなどから、タイトルの意味に気付き、スムーズに対話に移行していきました。担任の先生、課題意識の高め方が絶妙ですね。お見事。

さて、対話は「藤子・F・不二雄さんはどんな気持ちで漫画を描き続けたのでしょう」という問いからスタート。

対話を見ていきましょう。

「漫画を描くのが好きだったから、大変だとしてもあきらめたくないという気持ち」

「藤子・F・不二雄さんは、のび太を自分のように描いていたんだと思う」

「多分、自分の子ども時代の振り返りとして、のび太に自分を重ねて描いていたんじゃないかな。たくさん振り返りをしたいって気持ちだから描き続けたんだと思う」

「藤子・F・不二雄さんは、漫画を描くのが夢だったよね」

「好きなことをやめたくないって思ってたんだと思う」

「うん。ドラえもんを描くのが夢だった」

「それでね、読んでいる人を笑顔にしたいって思ってたんだよ」

教師「ドラえもんには読んでいる人へのメッセージが込められているってこと?」

「そう。で、みんなを楽しませたいって」

教師「ねえ。でも、漫画を描き続けるのは、すごく大変な仕事だったんでしょう。みんなを楽しませたいって言ったって、自分にとっては何の徳にもならないじゃない?」

「やっぱり人のためになることをしたかったんだと思うよ」

「うん。人のために。人が笑顔になるのは、自分にとってもいいんじゃないかな」

「そう。人に喜んでもらえたら、自分も嬉しいんだ」

「漫画家っていう夢を叶えたかったし、それでみんなにも喜んでもらえるから余計いい」

教師「今、がんばってることがある人いるよね。それってがんばる前から続ければきっといいことあるって思ってたの?それともがんばり続けているうちに、がんばり続ければいいことあるって思えるようになったの?」

子どもたちに挙手してもらったところ、全員ががんばっているうちに「続ければいいことあるかも」って思い始めたと考えていることが分かりました。

教師「実際に、そういう経験した人はいる?」

「はい。あきらめないでやり続けたら、スポーツで一番になれたよ」

「夏祭りのときに、あきらめないでくじを引いたら当たったよ」

「自学とかで漢字練習や計算練習をがんばってたら、得意になったよ」

「算数の長さの勉強で、最初はよく分からなかったんだけど、様々な方法で勉強したら分かるようになったよ」

「夏休みや冬休みの宿題がたくさんで、あきらめそうになったけど、あきらめないでやったら意外とすぐ終わったよ」

「手伝ってって言われて、大変だなあって思ったけど、やったら『ありがとう』って言われて、100円もらえちゃった」

子どもたち「えー!いいなー」

「長い間、一生懸命練習してたら大会で優勝できたよ」

徐々に長期間がんばり続けたら成果が出たという体験が語られていきました。

「最初はピアノをうまく弾けなかったんだけど、ずっと練習してたらできるようになった」

「鉄棒でうまく回れなかったんだけど、何年もやっていたらできるようになった」

「そうそう。ぼくも逆上がりずっと練習してたらできるようになったよ」

「私は算数で時計の読み方が分からなかったんだけど3・4日勉強したら分かるようになったよ」

「私は九九の8の段」

「バスケの練習がんばってたら、『よく1週間もがんばったね』って褒められた」

「1年生のときは音楽が苦手だったんだけど、よくがんばってたら、1年くらいで慣れたね」

「試合の日、ずっと負け続けていたんだけど、最後の試合で勝てたんだ。嬉しかったなあ」

教師「途中で嫌になってもがんばり続けたらいいの?」

「うん。努力してたら、いいこと起きると思うよ、必ず」

教師「私はね、がんばったことでいい結果になればいいけど、それよりもがんばり続けたということが大事だと思うよ」

2年生の段階で、努力することで報われたことを経験した子は多くないのかもしれません。しかし、彼らは今後そのような場面に遭遇することは決して少なくないと思います。努力する大切さ。これから生きていく上で、子どもたちには実感する体験をしてもらいたいと思います。ちなみに王貞治さんが色紙に「努力」とお書きになっていたことを思い出しました。がんばれ、2年生のみんな!

佐渡から「鼓動」様お二人をお招きして行う太鼓体験会!

の前日。

3・4年生は太鼓体験会の後に行う対話(p4c)のための問いを決めていました。問い出しですね。

初めに私から「鼓動」や「アースセレブレーション」のおおよそについての話を聞いての問い出し。

子どもたちは、どんな問いを子どもたちは出したのでしょうか。

 

・どうして太鼓だけでパフォーマンスするのですか?

・どうして太鼓だけで人々を魅了できるの?

・演奏の最中、鼓動の皆さんはどのような思い、または気持ちでいるの?また、聴いている人にどのような気持ちになってほしいと思っているのですか?

・なんで太鼓しか使わない演奏なのに、外国とかからも多くの人が観に来るの?

・太鼓はどうして大きな音が鳴るの?

・太鼓はなぜできたのか?

・鼓動の和太鼓は普通の太鼓と何が違うの?

・太鼓は何種類あるの?種類の違いによって何が違うの?

・鼓動の皆さんのおすすめは何ですか?

・太鼓は何年やっているのですか?

・どうして人口の少ない佐度でわざわざ「鼓動」をやろうと思ったんですか?

・なんでグループ名を「鼓動」にしたのですか?

・どうして太鼓を始めたんですか?

・どうしてうまくなったのですか?  などなど

 

そんな中、圧倒的な支持を得て、翌日の対話(p4c)の問いとして選ばれたのは次のものです。

・太鼓だけで、どうして人をそんなに感動させることができるの?

 

さあ、当日はどんな体験になるのでしょうか?そして、どんな対話(p4c)になるのでしょうか?

乞うご期待!

では、6年生の学級活動としての対話(p4c)を見ていきましょう。

問いは、対話を始める前に6年生一人一人が対話したい問いを出し合い、その中から一つ選びました。

選ばれたのは、「築地小学校には、本当に対話(p4c)が必要なのか?」です。ああああああー!しびれますねー!学校運営の基本方針の根幹にメスを入れるという、クリティカルシンキング爆発。まさに子どもがつくる学校。そういえば、去年の6年生も対話の是非について対話するという「メタ対話」の問いが出されたことを思い出しました。何回も対話(p4c)を積み重ねていると、この手の問いって出てくるのね。

では、対話を見ていきましょう。

なお、この対話(p4c)には川上教科専門監からも対話に加わっていただきました。

まずはこの問いを出したお子さんから。

「僕たちはよくp4cをやっているけど、本当にp4cは必要なのか、みんなと対話したいって思ったんです。みんなどう考えているのかなって」

「私は必要だと思います」

「p4cみたいに、クラス全員で話し合う場を作るのって難しいけど、p4cをするとなると自然と全員での対話になる。だからp4cは必要だと思います」

「p4cは自分たちで問いを作って、自分たちで対話して考えて解決していく。これって築地小学校が理想とする教育像『子どもがつくる学び 子どもがつくる学校』にするためにはいいと思います」

「互いを認め合い、考えて、みんなで話し合うのが好きです」

「p4cだと考えが深まるからいいと思います」

早速、6年生が自らp4cをファシリテートします。

「じゃあ、みんなに訊きたいんだけど、必要だと思う人は手を挙げて」

8人くらいの子が挙手。

ここで川上教科専門監が揺さぶります。

「私は対話はp4cじゃなくてもいいんじゃないかって思います。普通の話合いでもいいんじゃない?」

「う~ん。みんなの考えを認め合えるなら、p4cじゃなくてもいいかも」

「ぼくはp4cは必要だと思っていたんだけど、考えが変わりました。セーフティがあれば、ただの話合いでもいい」

子どもたちは川上専門監に揺さぶられ、考えがぐらぐらしてきました。

それの揺れを収めるべく教師も発言。「p4cの対話ってみんなが話し合いたい問いを作って、みんなが自分たちで解決する対話です。だから、私はp4cは必要だと思うよ」

子どもたちは大いに迷います。

「う~ん・・・。ぼくは考えを変えて、p4cであっても、ただの話合いであっても、『どっちでもいい』にする・・・」

「ぼくはやっぱりp4cはいいと思う。地域の人と話し合えるるし、自分たちで問題を見つけて、改善策っていうのかな、それをみんなで考えるっていい。対話の中で考えを深め合ったり、新たな問いを出したりするって大事だと思う」

「うん。みんなで考え、深めるのを、みんなでやる」

「対話の最初と今と考えが変わった人は?」

10人の子が挙手しました。「p4cじゃなくてもいいって考えも分かる」

「うん。賛成派と反対派に分かれて話し合うディベートでもいいんじゃない?」

「p4cもディベートも頭をよく使うしね、どっちでもいい」

「私はやっぱりp4cが必要だと思う。私は、p4cで考えを深めるのが好きだから」

「私たちはp4cで挨拶だとかいじめだとかについて対話してきたよね。よかったと思う」

教師「p4cでもディベートでも話合いでも、その時々でいいと思う方法で対話すればいい。p4cで対話するときに大切にすべきものって何だと思う?」

「う~ん。友達の話をしっかり聴こうとする思いやりとか、そうういうセーフティだと思う」

「p4cではセーフティが大事。話している人の方を向いて、静かに話を聴くのがいい」

「そうだね。自分とは意見が違っても、否定じゃなくてプラスの言葉で返すとかね」

川上教科専門監「話合いってそもそもなんだろうね。対話って何だろう?ディベートは?それぞれ全く違うもの?」

「p4cは一人一人が自分の考えを深めていく。決まった考えじゃない。思考の筋道は一直線じゃない。ディベートは2つに分かれて意見をたたかわせるもの」

「うん。ディベートは、対話が最初の問いからずれないように対話する。でもp4cは違う。ずれてもいい。どんどん考えを深めていく、問いを深めていくもの。問いや意見が広がっていくもの」

「セーフティが大事にされるもの」

おおおー!p4cの特性を端的に言うとこういう感じになるのかしら。

最期に川上教科専門監からお話をいただきました。

「今日は私を受け入れてくれてありがとう。初めて会う人が対話の輪に入ると、セーフティが崩れるような気がして、身構えちゃう人が多い。でも、みんなは違うね。初めての私もしっかりと対話に受け入れてくれた。嬉しかったし、そんな皆さんはすごく素敵な6年生だと思ったよ。対話の中では『p4cじゃなくてもいい』って話したんだけど、ホントは私p4c大好きなんだよね。皆さんも、これからもp4cのよさを感じて対話を重ねていってほしいと思います」

授業後、校長室で川上教科専門監と話した時にも、子どもたちのことをベタ褒めしてくださっていました。

対話の質の高さ、セーフティの高さ、そして、対話の中で自分の考えを創り出していく思考力。友だちの発言にしっかり耳を傾け、友だちの話から自分の考えを再構築していった彼ら。

何やかんや言っても、6年生、対話(p4c)のよさをしっかり感じていたんだね♡

私は一緒に対話していて、とっても鼻が高かったです。「大雅さん、どうです!これが築地の6年生ですっ」って。

最近の成長ぶりがすさまじいね、君たち。

5時間目。4年生は道徳で対話(p4c)。ファシリテーターは川上教科専門監です。真打登場ですね!

さて、この時間の対話(p4c)は道徳の教科書を読んで、子どもたち一人一人が問いを考えて、その中から一つ対話を選んで、で、対話して、さらに振り返りまでするというかなりの強行軍。

ただ、参観に来た当校教職員にとっては、子どもたちの課題意識を高めながら、丁寧に対話の問いを決めるという「課題設定の妙」だけでも、大きな学びになったのではないでしょうか。

そして対話では、川上教科専門監のファシリテートのもと、子どもたちは安心してのびのびと発言していたのが印象的でした。

対話(p4c)はここでは紹介しませんが、短い間でも深まりがみられる対話が展開されました。

対話が終わると、何人ものお子さんが川上教科専門監を取り囲み、対話で語り切れなかったことを盛んに話していたのことからも、充実した対話だったことが分かります。

挨拶など礼儀について学ぶ対話だったのですが、「川上先生、私、今までは家族に恥かしくて言えなかったんだけど、今日は家に帰ってから『ありがとう』って言おうと思います」と話したお子さんがいたとのこと。

しっかりと心に響いた対話になりました。さすがですね、川上教科専門監、そして子どもたち。素晴らしい対話を見せてもらいました。ありがとう!

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