4年生は道徳で対話(p4c)です。
『となりのせき』という教材で「公平」について考えます。
みんなで教材を読んだ後、担任は問い掛けました。「『公平』ってどういう意味?」。
すると、子どもたちは「誰にでも同じようにするってことです」と返しました。
こんな感じで始まったこの時間。対話は、根本的なことを問うクリティカルシンキングが随所で見られるものとなりました。
問いは「なんで人は不平等にすることがあるんだろう?」です。


「不平等にすると、された人はかわいそうだね」
「人それぞれ個性があるから、人と違うのは当たり前」
「みんな平等にしないと、何かずるい」
「自分が苦手な人に対しては、平等にしたくないんだと思う」
「そうだけど、やっぱりみんな平等にした方がいいと思う。だって、『どうして私だけみんなと違うの?』って悲しくなっちゃって、そのうち学校に来られなくなっちゃうかもしれないし」
「どうして学校に来られなくなっちゃうの?」
「怖くなるからだと思う。自分はいじめられているんじゃないかって」
「自分の気持ちと相手の気もちがずれていると平等にできなくなっちゃうのかな」


「ねえ、『個性』ってなあに?」
「例えば、野菜が好きか嫌いかとか、どんな運動が好きかとか、ひとによって違うでしょう。そういうのが個性」


そして、4年生として記念すべき発言が!
「自分と相手の気持ちが違っているのはなぜだと思いますか?」
問うことによって対話を深まることって往々にしてあるものです。そして、このお子さんが発した4年生全体への質問は、今後、子どもたちが自分たちで対話を深める第一歩となるでしょう。
「人によって、好きなものや思いやる気持ちが違うからじゃない?」


で、ここで担任が、対話を一気に深める問い掛けをします。
「『平等』と『公平』って違うの?」
今まで子どもたちが定義をごちゃ混ぜにしながら対話してきた『平等』と『公正』。
子どもたちはあいまいなものの定義づけに挑戦します。
「う~んとね、『平等』は同じにすること。『公平』はそれぞれに合ったやり方をすること」
おおおおおー!すごい、すごい。
担任はさらに子どもたちが考えやすいように足がかりを作ります。
「公平じゃない態度って、どんな態度?」
「例えば、みんなには優しくするけれど、苦手な人には適当にあしらっちゃうこと」
「うん。仲のいい人には優しくするけど、そうじゃない人には態度を変えちゃう」
担任「じゃあ、不公平にすることってある?」
「嫌いな人には不公平にする。親切にしたくないって気持ちがある」


ここまで当然のことのように使われてきたことに、敢えてメスを入れます。
「なんで嫌いな人には不公平にするの?」
「嫌いな人にはあまり会いたくないし・・・」
「苦手な人だとあまり話せない」


次の問いが、この対話を終着駅に誘います。
「どんな時に不公平にしたくなっちゃうの?」
「よく知らない人に不公平にしちゃうんだと思う」
「ああ。その人に優しい面があることを知らないんだ」
担任「どうすればいいと思う?」
「まず、あまりよく知らない人にも話しかけてみて、遊びに誘えば、相手のことをよく知ることができると思う」
「知らない人にも優しくしてやれば、それがきっかけになってよく知り合える」
「うん。どんどん質問すればいいと思うよ」
他者理解が人に優しくできるカギとなるし、公平に人と付き合えることに繋がるということに気付いた我らが4年生。
私も応援の問い掛け。
「ねえ、みんな。2人の人がスポーツ観戦してたとするよ。それを見てた人が、2人のうち1人だけに椅子を勧めた。これは平等じゃないよね。公平かな?」
挙手をしてもらうと、全員が「不公平だ」としました。
「実は椅子を勧めてもらった人は足が悪かったんだ」
すると、子どもたちははっとしたような表情で、全員がこのケースは「公平である」としました。
相手のことをよく知ることで、人間関係ってうまくいくことも多いんじゃないでしょうか。
それにしても、4年生。この対話だけでもかなり成長した姿を見せてくれました。お見事!


