学校ブログ
11月29日【2年道徳p4c】宝物はなあに?
2年生は道徳でp4c。教材は『たからものはなあに』です。
学校の宿題で宝物についての作文が課された主人公の「わたし」。帰宅後、母親に宝物は何か訊いてみました。すると主人公のきょうだい「ひろ」は東日本大震災があって大変な状況の中で生まれ、医師をはじめとして周囲はものすごく喜んだのだといいます。だから主人公と「ひろ」は、母親の宝物なのだとの返事。主人公は自分が宝物だなんて、不思議な気持ちだけれどとても喜びました。そして主人公は言うのです。「おかあさん、ありがとう」と。
問いは「『わたし』はどうしてお母さんに『ありがとう』と言ったのか?」です。
「自分を大切にしてくれてありがとう」
「お母さん産んでくれてありがとう」
「きょうだいの『ひろ』と『わたし』を産んでくれてありがとう」
「お母さんは『ひろ』も『わたし』も苦労して産んでくれたから」
「津波でみんな逃げるので必死だったんだけど、そんな中お母さんを救ってくれた。だからお母さんも『ひろ』も『わたし』も助かった」
「お母さんじゃないと、自分たちは産んでもらえなかった」
「うん。お母さんは命を懸けて産んでくれたんだよね」
「病院で『ひろ』を産むとき、窓ガラスが割れちゃったり、ベッドが使えなかったりして大変だったと思う」
「『ひろ』を産んだ後、お母さんは病院の廊下で横になっていたって書いてあるし」
「お母さん、大変だったんだ」
「お父さんじゃ産めないしね」
「お医者さんたちも喜んでくれた」
「あとね、お母さんに『私たちを宝物にしてくれてありがとう』って気持ちもある」
対話中では、自分の体験も語られていきます。
「私の宝物はハムスターと家族」
「家族の命はとっても大事」
「うん、そうそう」
初めは自分の宝はおもちゃなどの具体的な物を挙げていた子どもたちですが、友だちの発言を受け、物ではなく、家族など身近な人や生き物だと発言する子が多数に上っていきました。
加えて、亡くなった親戚やペットとの思い出や思い出の品だとする発言も。「さっきおもちゃって言ったんだけど、やっぱり家族にします」と言い直す子も。
残り5分というところで、漸く私も発言します。
「お母さんの宝物は『わたし』と『ひろ』なんでしょう。『わたし』にとっての宝物は何だって作文に書いたと思う?」
「多分、お母さんが宝物だって書いたんじゃないかな?」
「『わたし』も『ひろ』もお母さんから生まれてきたでしょう。でも、生まれる前からお母さんは私たちを大切にしてくれていたんだと思う。お母さんだけじゃない他の人たちからも助けてもらっていた。だからさ、みんなに感謝。みんなが宝物」
教材の読み取りや子どもたち一人一人の宝物の紹介で、対話は15分間くらい。
2年生の対話であれば、一般的に15分間って言うのは長いなあって思えるのかもしれませんが、我らが2年生にとっては短すぎたみたいです。もっともっと話したいっていう子が多数。終了間際になっても挙手が止みません。
対話中で、自分のことと関連付けての発言がたくさん見られました。教材の読み取りに終始するのではなく、自分事として捉えていたからこそなのでしょう。
対話後、「先生、p4cとっても楽しかったです」とわざわざ教えに来てくれた子もいました。
発言意欲旺盛な2年生。ただ「発言できたから満足」なのではなく、友だちの発言に耳を傾けてもいたのが印象的でした。
2年生、着実に成長しています。